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2007年2月の26件の記事

2007年2月28日 (水)

タイム・トラベル

「バブルへGO!」 の話しではありません。

昨夜から激しい悪寒があり、珍しく1日床に伏せっておりました。

このごろ、テニアンに赴いてから、原子爆弾だけでなくテニアンを飛び立ったBー29がどのように空襲を行ったか気になり、「日本大空襲」等という本を読んでおります。

今日は頭が痛く、とても空襲の本を読む気になれなかったので、大学時代に手に入れた「マイナス・ゼロ」というSF小説を久し振りに手に取りました。
これは、空襲の場面から始まるタイムトラベル小説の最高峰と言われるもの。

190228 著者は広瀬正さん。
直木賞の候補にもなったとのこと。
もう37年も前に書かれたものですが、面白く一気に読めました。

古き良き、空襲で灰燼にふす前の東京の様子など生き生きと描かれ、当時を知らない私でも、何故か郷愁に誘われる名著。
著者の若くしてのご逝去が惜しまれます。

この本・文庫本ですが、ページの間から 「S60年5月28日 紀伊國屋書店渋谷店」なんてレシートが出てきました。
以前のレシートは、西暦ではなく和年号だったんだななどと、少し20年前に気分がタイムスリップいたしました。

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2007年2月27日 (火)

古老を悼む

190227_004 小谷村の古社・大宮諏訪神社名誉宮司の杉本好文翁が帰幽され、神社庁大北支部神職10名により、神葬祭の御奉仕をさせていただきました。

数え年97歳。

神職の傍ら教員・村の教育委員長など長く務められ、また、小谷村の歴史に造形深く本も記されるなど、100年近い生涯をひたすら故郷小谷村にと捧げられた一生でありました。

中でも私が特筆すべきと思うのは、明治時代以降 久しく途絶えていた 「薙鎌祭」 を30代の若さで復活させ、諏訪大社から宮司の参向をいただくようにしたこと。

大宮諏訪神社HPに詳しく記されております。
http://www4.ocn.ne.jp/~nakaya24/

足を骨折され、不自由なお体と伺っておりましたが、昨年9月、池田八幡神社例祭の折には車椅子にて御参拝をいただきました。
神職の鏡として尊敬いたしておりましたので、今回のご逝去は非常に残念。
どうか御霊安かでありますようにとお祈り申し上げました。

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2007年2月26日 (月)

検索ワード ・ フレーズ

190226 今日も良い天気。
冬空に山々が映えます。

さて、このブログを書いている 「ココログ」 では、アクセス解析ができ、訪問者数や滞在時間など、お訪ねいただいた方の傾向がつかめます。

中でも面白いのが、「検索ワード・フレーズ
どの検索エンジンで、どんなキーワードがきっかけで、このブログにたどり着いたか解ります。

私のブログでは、さすがに青年会議所や神社名・神道関係の検索単語が多いのです。

また、昨年JC例会でお呼びした ひろみちお兄さん関係 も多い。
このごろは、「佐藤ひろみち牛乳セミナー新潟応募方法」 なんてワードがありまして、ああ、新潟で牛乳飲むとひろみちお兄さんに会えるんだなぁ。
などと、佐藤弘道さん関係のイベントが解ったりしております。

過去4ヶ月では・・・
ニュース 八王子に子熊出現」 これは八王子市のニュースを知りたかったんでしょうね。
栃尾市大町の歴史」 前に 栃尾揚げのこと書いたから引っかかったんでしょうね。

でも何故、私のブログが検索されたのか、理解できないフレーズもあります。
白山市蝶屋小学校卒業式日時」 これを調べられても (^_^;)

神奈川県 釜 火おこし」 「19年 発見 娘 野生化
(・_・?) ハテ?
ここら辺は何を望んでいるんだか解りません。

中でも怖かったのは 「○○ 評判 イトー○ーカドー
○○は人の名前。
こんな事までネットで調べるんだと、少し空恐ろしくも感じます。

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2007年2月25日 (日)

マンゴーが3ヶ月早く…

本日も晴天で穏やかな1日でした。

190225_001早くも福寿草が咲き誇り、一体、今は何月なのだと、不思議な気持ちになります。

異常気象は世界各地でも起こっているようです。
先週伺ったテニアン島でも、今年は気候がおかしいそうです。

190219_022190219_020 宿泊した フレミングホテルの入り口では、普通の年なら5月に実るというマンゴーがもう熟しておりました。
3ヶ月も早い。
再び花が咲き始めたので、もう一回収穫できそうとのことですが・・・

今年の夏の気候が、今から心配です。

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2007年2月24日 (土)

ミラクルフルーツ

少し雪が舞い、久し振りに風が寒いと感じる1日でした。

「ミラクルフルーツ」が手に入り、家族で初体験。
そう、あの、酸っぱいものが甘くなる果物。
タレントやアナウンサーがレモンを丸かじりする姿、テレビで見たことがありますよね。

190224_001 左の皿の、小さい紅い実が生のミラクルフルーツです。
とりあえずレモンを用意。

表示の通り、2分ほど口の中で転がし、半信半疑でレモンを舐めると…

( ・_・)ん??????????
あっま~~~~い!!!
まるで バブル期に一世を風靡した「はちみつレモン」のよう!

190224_003 最初は、おそるおそるだった子供達も、レモンにかぶりつきあっという間に完食。
効果は2時間ほど継続すると言うことで、オレンジやグレープフルーツなども食べる。
どれもホントに甘くて美味い。
砂糖かけたみたい。

190224_004 調子に乗ってレモン果汁まで飲んでみました。
\(◎o◎)/!
信じられないことにこれも甘い。
まさにミラクル!!
子供達も大喜びでした。

世の中には不思議なものがあるものです。

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2007年2月23日 (金)

学習発表会

「朝から雪」 という気予報でしたが、雨が降った1日でした。

午後、子供達の授業参観&学習発表会で学校へ。
190223_011 長男・次男のクラス、それぞれに特徴が現れた 「学習発表」 が行われました。
両クラス覗いたのですが、まだまだ子供という3年と、思春期の入り口という感じの4年生。
大分 雰囲気が違います。

長男が急に大人びて見えた1日でした。

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2007年2月22日 (木)

マルフク の やさいパン

190221_033 今日も暖かく、午前中の地鎮祭も穏やかな陽射しの中での齋行となりました。

大町駅前に「マルフク」というパン屋さんが有ります。

大町で給食のパンと言えば「マルフク」。
高校でも、昼食時に売られるのはマルフクの調理パン
学校前にあった、「松本商店」のパンもマルフク。

あんバタ・チキンカツ・肉パンなど総菜パンが主流。
中でも私のお気に入りは「やさいパン」でした。
「どこが野菜なのか?」という基本的な疑問はさておき、他にはない味でございました。

190221_036 そのお店が、今月末に閉店になるという噂を聞き、久し振りに やさいパンを購入。
ついでに、これまた大町の給食には欠かせられない「松田牛乳」も瓶で購入。
ソースの味は昔と変わっておりませんでした。

店員さんに伺ったところ、閉店の話は残念ながら本当のようです。

大町近辺でも新しい小洒落たパン屋さんなどがオープンし、それぞれ美味しいパンは味わえるのですが…、
昔から馴染みの店が消えていくのは、少し寂しいものです。

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2007年2月21日 (水)

900年前を追い越せない

長野県神社庁の氏子総代研修会 (中信地区) が穂高神社を会場に開催され、関係者 約200名が参集しました。

190221_002 坂城町在住の刀匠・宮入小左衛門行平 先生により、『「くろがねの祈り」~日本刀制作の中から~』 と題した講演が行われました。 

190221_003 戦国時代には太く長かった刀は、平和な江戸中期には細身となり、やがて幕末になると再び長く実用的になる。
など、興味深いお話が伺えました。

中でも一番心に残ったこと

「日本刀が美しさ、機能において最高水準にあったのは平安末期から南北朝の時代。
この時代の刀を越える事を、室町時代以降の刀鍛冶はずっと目指している。」
というお話でした。
いくら科学や技術が発達した時代でも、900年前に製造されたものを追い越せない・・・

なかなか凄いことです。

190221_014190221_017  夜は、JCブロック会長公式訪問で塩尻市へ。

塩尻JCさんの設営で、久し振りにJCらしい飲み会を経験。
2次会会場では、丙午生まれの私には衝撃を受ける事実などもあり、茫然自失のまま3次会まで参加。
カラオケで高得点を取得し、ボトルをサービスされようやく機嫌回復。

190221_032更に、〆のラーメン屋さんの前で。
塩尻・西澤理事長と大町・田中専務。
一体 何時なんでしょう? 

ブロック事務局と、ホスト役に徹した塩尻JCの皆様のお陰で本当に楽しい夜が過ごせました。

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2007年2月20日 (火)

テニアン島で戦没者慰霊祭

何日か更新が滞ってしまいましたが、実はサイパン島と、隣のテニアン島に出掛けておりました。
といっても、バカンスではなく戦没者の慰霊祭でございます。

今は、リゾート色が強い南の島々ですが、先の大戦時は日米の激闘が繰り広げられた戦地でありました。

190217_070 歴史・・・

ドイツ領だった南洋諸島は、第一次世界大戦終了後、ヴェルサイユ条約により日本が委任統治することになりました。

サイパン周辺の島々は、南洋開発公社という製糖会社が開発し、多くの日本人が入植、平和な暮らしが営まれておりました。

が、日本本土への爆撃を行いたい米軍にとって、
B-29爆撃機の航続距離から、サイパン・テニアンは絶対に欲しい島。

逆に日本から言えば「絶対国防圏」として重要な位置にあり、昭和19年 激しい戦闘が行われました。

AUTO MARINE」というHPにその辺りが分かり易く書いてあります。
http://www.expressionjp.com/automarine/s-history-localism.htm
(以下引用)

サイパン・グアム・テニアン島はアメリカにとって日本本土への爆撃機往復を可能とできるためどうしても占領したい島であったため、日本本土を襲撃しながらこの島々の占領を企てていました。
既にサイパン・グアム・テニアンは戦争の勝敗を握る重要な場所となっていました。

1944年 アメリカ軍によるサイパン・グアム・テニアン島進出 日本軍陥落

190217_055 この年の6月15日、アメリカ軍はとうとうサイパン島の南西部の海岸から島の上陸に成功しました。
南から北へじりじりと圧倒的な強さで日本軍を攻め入り、日本軍・民間人はそれに追われるように北へ北へと逃げました。ビーチや山中のいたるところで連日激戦が行われました。

日本本土も襲撃にあっているため援軍も来ず、サイパンは孤立した戦場となり日本軍は北へ逃げる以外選択の道はありませんでした。

サイパン島の最北部は80mもの切立った断崖です。
崖まで追い詰められた日本軍・民間人たちは「生きて虜因の辱めを受けず」と、自決の道を選び身を投げました。
苦しくもそこは母国日本に一番近い島の最北端でした。


みな水平線の向こうにあるであろう母国に向かい 「バンザイ!」 と叫びならが身を投げました。
アメリカ軍によるサイパン進出の約20日後、この年の7月9日には日本軍は陥落しました。

190217_080 その断崖の名はプンタン・サバネタとラデラン・パナデロ。
現在「バンザイクリフ」「スーサイドクリフ(自決の崖)」という別名で知られ、今もなお多くの人たちが慰霊に訪れています。
米軍の死傷者14,000人、日本軍30,000、民間人15,000がサイパンの地に倒れたと言われています。

1945年 広島・長崎に原爆が投下される 第二次世界大戦終結

サイパン・グアム・テニアン島を占領したアメリカ軍はこの島々を拠点とし、一気に日本本土への攻撃を強化させて行きました。

190218_063 爆撃機として使用されていたB-29はこの3島だけで最大600機以上にも及び、東京・名古屋・大阪・神戸と日本の主要都市への攻撃は日に日に激しくなりました。

そんな中、昭和20年5月中旬、特殊な動きを見せるB-29の極小編隊がホノルルを発ちテニアンに到着したことを日本軍はキャッチしました。
あまりに不気味な動きを見せるその編隊の目的を、日本軍は必死で調査しましたが全く解明できませんでした。

そのたった2~3機の編隊は、8月6日午前4:00過ぎにテニアン基地を発ち、硫黄島の米軍基地に対して 「われら目標に進行中」 という無線を発信して北進しました。
電波をキャッチした日本軍は目標の場所とその目的を解明するのに必死でした。

日本軍がその特殊編隊の目的と目標地点を知ったのは、編隊の中の一機「エノラ・ゲイ」号が8:15分広島市上空に原爆を投下した約24時間後、8月7日の早朝のことでした。
日本の敗北をきっかけに第二次世界大戦は幕を閉じました
。(引用終わり)

190219_131テニアン ハゴイ空軍基地
広島への原爆 積荷場跡

190219_130 長崎への原爆 積荷場跡

戦闘の模様はこちらのHPにも詳しく記されております。
「戦史 中部太平洋陸軍作戦」
サイパンでの戦い
http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/sensi1/sensi-tyubu22.html
テニアンでの戦い
http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/sensi1/sensi-tyubu24.html

190219_064これらの島々では、本当にたくさんの兵士・民間人が亡くなられております。

190219_104わけても、テニアンには陸軍松本50連隊が駐屯しておりました。
190219_081長野県神道青年会では、テニアン島カロリナス台地の 「スーサイドクリフ」 にて毎年 慰霊祭を齋行しております。

テニアンは珊瑚礁の島で、水が殆どありません。
190219_088 亡くなった人々が 「水」 を欲しがっていたという話を聞き、慰霊祭場には 「献水鉢」 を設けてあります。
日本からそれぞれ持ち寄った水を参列者全員でお供えいたしました。

また今回は、斎場に立つ 「碑文」 に刻まれた文書の朗読を妻が行わせていただきました。

「この大空と大海原に馳せる思い」
~日本からこの地を訪れたすべての人々へ

190219_048あなたの純真な心に純粋に美しく映えるこの見渡す限りの大空と大海原が、ひととき悲しみに曇り涙に霞んだ真実を忘れること無く後世に伝えて欲しいと思います。

大東亜戦争当時、日本を遠く離れこの島を含め南洋の多くの島々で戦歿された軍人兵士『英霊』や、運命を共にされた当時の在留邦人の多くは、国家防衛と国民平安の為に尽くされ、祖国の永続と民族の永遠とをひたすら願い、尊い命を捧げられました

190219_067激戦の果てに行き場を失い日本民族の誇りに懸けて、この断崖から紺碧の海に我が子と共に身を投げることなど、我々には想像もし難い事実であります

平和な次代を残す為に日本人としての生き方を示し遺された先人達に感謝の心と敬慕の念を以ってお報いする為、慰霊の誠を捧げていただければと存じます

散華された 『英霊』 と戦没者の御霊は、祖国に帰り靖國神社にお祀りされております
190218_016そして幸せに元気よく今の世を生きている『あなた』を見守っていて下さいます
帰国後は、この島のこの場所であなたが感じた見渡す限りの大空と大海原の美しさを、靖國に鎮まる御霊にあなたらしく伝えていただければと願います

190219_068 本当に蒼い空と蒼い海。
ここが 「戦争の島」 だったなんて信じられない思いがいたしますが、事実は事実。
我が家の隣家から出征された方も、ここで亡くなられております。

散華された人々の御霊が安らかならんことを、心よりお祈りいたしました。

今回は家族で参加し、子供達にもサイパン・テニアンの戦跡を見せて参りました。
今は理解できないかも知れませんが、やがて将来、戦争というものを考えるきっかけになればと考えております。

190217_076 サイパンのスーサイドクリフ(自決の崖)からバンザイクリフを望む

190217_074190217_077  たくさんの慰霊碑があります

190217_085190217_083 サイパンで日本軍が最後まで抵抗した 通称 「地獄谷」

190219_139 テニアン島への米軍が上陸したチェル・ビーチに遺る、日本軍のトーチカ
銃弾の跡が生々しく

190219_134 テニアンの日本海軍司令部跡

190219_058テニアンのスーサイドクリフ
190219_121こちらにもたくさんの慰霊塔があります

190218_085平和なテニアンの夕日。

いろいろ考えさせられました。

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2007年2月17日 (土)

神社の信頼感

何かと話題の生田神社ですが…、
以前、何度か正式参拝をさせていただいたことがございます。

御祭神は稚日女尊(わかひるめのみこと)
三宮の繁華街に鎮座し、古くから神戸市民の憩いの場となっているお社で、オリックスが毎年 必勝祈願祭を行うことでも知られています。
http://www.ikutajinja.or.jp/

が、なんと言っても私の記憶にあるのは、平成7年・阪神淡路大震災の時。
05 テレビで放映された、ぺしゃんこにつぶれた拝殿の姿に、神社界は衝撃を受けました。
(神戸サンテレビHPより)
http://www.sun-tv.co.jp/

氏子さんが全員被災者という状況で、どのように復興するのか案じたものですが、翌年には見事に再建がなされました。

震災から何年か経って参拝させていただいた際、その当時のお話を伺うことが出来ました。

神社自身があれだけ大きな被害を受けていたにも関わらず、地震当日は被災された住民を神社の会館に受け入れ、臨時・避難所の役割も果たしていたそうです。

本当に困ったとき、鎮守の杜・神社という存在は日本人にとって安心・信頼できる場所であるからこそ、人々が集まってきたということでありましょう。

地域における神社の役割や、氏子さんとの繋がりというものを、考えさせられるお話でありました。

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2007年2月16日 (金)

北海道が「米どころ」に

190216_001 久し振りに雪景色となりましたが、今日も陽射しが強く、どんどん溶け出しております。

西山公民館で開催された、農協組合員の営農懇談会に出席。
今年は隣組の役回りで、農業も営んでいないのに農家組合長に就任しております。

190216_003 「このごろ北海道産米が安価なのに食味が良く評判が高い」
「ゴールデンウィークに田植えをすると、胴割れ米になりやすいので、5月10日以降の田植えを強く推薦する」

など、田作りを何年もしていない私には、珍しい話が聞けました。

このまま地球温暖化が進めば、本当に北海道が米どころになるかも知れませんね。

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2007年2月15日 (木)

「軽度発達障害」を学びました

昨日の雨から一転、今日は午後から雪が舞い、北風が強く吹きました。
我が家周辺は3㎝程の積雪でしたが、大町より北では結構積もった模様です。

夜は、大町JC 2月公開例会。
「軽度発達障害」 について、地元の小野伸子先生にご講演をいただきました。

「軽度発達障害」 … あまり、聞き慣れない言葉ですが、中枢神経など脳の障害により、子供が先天的にもつ障害であり、「偏り」 を特徴とするそうです。

治療などで 「治る」 ということではないそうで、やがて本人が自分の障害を自覚し、それを自分で受け入れる年齢に達するまでは、親や周囲が、その病状を理解し守ってやらなければならないのだそうです。

190215_007なかなか難しい課題であり、考えさせられることも大でありました。

一般来場者にも多数ご来場賜り、会場も満員。
今年度最初の事業として、幸先の良いスタートが切れたように感じます。

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2007年2月14日 (水)

「これから勉強します」

「雨水の候」 にもならないのに、2月とは思えない強い雨が降り、日陰にかろうじて残っていた雪も殆ど溶けてしまいました。
こんなに暖かな天候で本当に宜しいのでしょうか?

本日は、「大町市特別職報酬等審議会」 委員の委嘱を受け、初回の審議会に出席して参りました。

市立大町総合病院に設置される病院事業管理者などの報酬は、早めの答申が求められるということで、今回はその審議が中心。

正直に申しまして、特別職や公務員のお給料について、今まで殆ど関心がなかったので、急に 「特別職の職員等の給与に関する条例」 など見せられても、議論について行けず目を白黒。
当選してから 「これから勉強します」 という、プロレスラー議員の気持ちが理解できました。

帰り際、知り合いの職員に今後レクチャーをいただくようお願いしました。
「これから勉強します」 です。

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2007年2月13日 (火)

「直前」という言葉に慣れて来ました

今夜は、大町JC理事会。
190213_002 JCは、1月に何かと派手な集まりが多く、2月以降の活動は地味という印象があるのですが、本当はこれからが本番。
今年度の事業も始まり、真価が問われるようになります。

今日は3月・4月例会の事業上程など有り、中身の濃いが会議が行われました。
草間理事長以下 メンバーの力を合わせ、目標に向かい活動を行っていただきたいと存じます。

で、私は理事会で何をやっているかというと…
「直前理事長」 というポジションは、隠居老人みたいな立場でして。
しかも私は 「現役メンバー」 でもないという、本当に中途半端な位置にあり、発言権も議決権もなく…。
まぁ、昨年は現役理事長としてずっと発言しておりましたので、そのぶん黙って、現役諸君の活動を見守っております。

そんなふうに、無聊をかこっていたら、某所から呼び出しがかかりました。
「直前でなければ出来ない仕事」 を言い渡され、どうやら、これから忙しくなりそうです。

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2007年2月12日 (月)

漂流したら

今年は本当に雪が少なく、地面が覗いております。

190212_002 穏やかな陽射しに誘われたのか、西山公民館横ではゲートボールを楽しむ皆様の姿が見受けられました。
普段の2月では考えられない光景です。

暖冬・・・個人的には雪かきの回数が少なくて大助かりなんですが…
やはりこの景色は、違和感がありますね。

閑話休題

昼過ぎに、宮崎県沖で事故にあった漁船の漂流者3名が救助されたニュースがありました。
救助の一報が流れたときの遭難対策本部? の映像が流れましたが、皆さんの溢れんばかりの笑顔、本当に破顔一笑という感じで、見ていた私も嬉しくなりました。

海の男達には「必ず救助に来てくれる」と信じる強い精神力があることに感動いたしました。そして、やはり「備えあれば憂い無し」という事なんですね。

山国に住んでいるので、海上遭難ってのはあまり身近な話題でなく、書物でしか知識がないんですが、以前読んで 心に残っている本があります。

「無人島に生きる16人」 須川邦彦 著  (新潮文庫)
大嵐で船が難破し、僕らは無人島に流れついた!
明治31年、帆船・龍睡丸は太平洋上で座礁し、脱出した16人を乗せたボートは、珊瑚礁のちっちゃな島に漂着した。
飲み水や火の確保、見張り櫓や海亀牧場作り、海鳥やあざらしとの交流など、助け合い、日々工夫する日本男児たちは、再び祖国の土を踏むことができるのだろうか?
名作『十五少年漂流記』に勝る、感動の冒険
実話

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101103216/ref=pd_ys_pym_a_1/503-7719124-4125557

戦前に書かれた児童向けのノンフィクションですが、今読んでも充分面白い。
海の男の団結心は、昔も今も変わらないものだと、今日のニュースを見て感じました。

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2007年2月11日 (日)

国旗掲揚

紀元節・建国記念の日です。

190209_008祝祭日には、母屋玄関に国旗を掲揚。
小さい頃、祖父と一緒に揚げた覚えがあるので、我が家ではずっと昔から変わらず行っておりますが、この頃は国旗を掲揚する家も本当に少なくなりました。

JCでは、例会等開催するとき国旗とJC旗を掲げるのですが、右左を間違えている場合なども多く、国旗に対する教育がなされていないことを残念に思います。

「愛国心」 なき教育が、
如何に無責任で混沌とした社会を出現させてしまったか…
今、教育を変えなくては本当に手遅れになる。
という危機感をいだいております。
その意味で、安倍総理の教育方針は大賛成。
是非、成功させていただきたいものです。

「神道政治連盟」 のHPに国旗掲揚の作法が掲載されておりますので、是非ご参照を。
http://www.sinseiren.org/

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2007年2月10日 (土)

TDS 日帰り

西山地区のPTAで東京ディズニー・リゾートに出掛けてきました。

お祭りのお神輿や、正月の 「おんべ」 で頂戴したご祝儀を集め、毎年この時期に1日バス旅行を実施しております。
私の子供の頃は、せいぜい富士急ハイランドだったのですが、ここ何年かはTDLとTDSを交互に訪れており、今年は 「シー」 の順番。

毎年の恒例行事で、子供達も楽しみにしており、今朝は4時にセットした目覚まし時計より早く起きだす始末。普段もこうなら良いのに…

190210_005 バス2台で朝5時に公民館を出発し、10時頃到着。

3連休初日と言うこともあり、
「久し振りに混んでいる」 園内を歩き回りました。

次男が乗りたいというので、昨年出来た 「タワー オブ テラー」 も体験。
ファストパス発券も早々に終了しており、仕方なく 「70分待ち」 と言われた行列に並びましたが、45分くらいで乗れました。

閉園まで待たず、午後5時に集合し帰路へ。
往復10時間近くバスに乗ると…
さすがに疲れました。

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2007年2月 9日 (金)

ブランドマーク選考

大町合同庁舎で開催された、
北アルプス山麓農畜産物ブランド運営委員会に出席させていただきました。

当地域の優れた農畜産物を世に広めようと、議論を重ねてきたこの企画も、いよいよ本格化。
来月には認定品の発表が行われる運びとなりました。

今日は認定された品に貼ったりする 「認定マーク」 を選考。
190209_006 数百点の応募作品から絞られた候補作を巡り、白熱した議論が交わされました。
この委員会、以前はどちらかというと淡々と進行していたのですが、回を重ねる事に熱い意見交換が現れるようになり、良い傾向だと思っております。

また、マーク選定に際し、アドバイスをいただいた大手広告代理店の方の意見が資料に記されていたのですが、北アルプスのイメージ展開など、これは本当に勉強になりました。
「プロの目」 はやはり鋭いですね。

お陰で、このブランドの顔となる、素晴らしいマークが選ばれました。
( 残念ながら結果は、来月の発表会まで公表できません )

ここからは、これをどう事業展開していくかが腕の見せ所です。

今日の会議では、地域ブランドの先駆者として、
「長崎俵物」 の紹介がありました。
http://www.suisan.n-nourin.jp/oh/tawara/index.html
このような、いやこれ以上のブランド展開が図れればと、夢見ております。

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2007年2月 8日 (木)

社会の教科書

昨日の続きになりますが…

授業の参考にするため、あらためて息子の社会科教科書を読んだのですが、
「自分たちで調べてみよう・考えてみよう」
という、問いかけが多いことに驚きました。

調べることにより、興味を持って、更に知識を深める。

たしかに理想的ですが、小学校の3・4年生にそれを求められてもどうかと。
優秀な子供は出来るのでしょうが、普通の子供はそんなに調べたりしませんよ。

いわゆる「ゆとり教育」の影響なのでしょうか?
教科書の内容が、我々の時代に較べ薄いような気がします。

以前も書きましたが、長野や山梨の位置が解らなかったり、住んでいる県内市町村の名前すら知らない若い子が増えております。

もっと、地理とか地名とか特産物とか、興味を持たない子供にも勉強させないと、多分一生 覚えませんね。

無理にでも暗記させないと・・
勉強=勉めて強いる。なんですから。

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2007年2月 7日 (水)

「せんせい」と呼ばれました

小学校の授業で 「先生」 役を経験いたしました。

長男の担任の先生より
「社会科の教科書に、地域のことが掲載されているので、お話を願いたい」
と依頼を受けたのが10日ほど前。

ハイハイと、安請け合いしてしまったのですが…
当然ながら学校の授業などやったことがないので、準備には苦労しました。
息子の教科書を借り、当地の風習など交え、資料を作りいざ本番。

4年生3クラス、約90名を相手に「お祭り」について、長いような短いような45分間。
結局 話そうと思っていたことの半分くらいしか喋れず、
きっと子供達にとっては、まとまりのない、訳のわからない授業だったことでしょう。

時間配分って難しいですね。
反省しきりです。
が、良い経験をさせていただいたと感謝いたしております。

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2007年2月 6日 (火)

シニアクラブ総会

大町青年会議所シニアクラブ総会に出席いたしました。

今年は大町青年会議所創立25周年とブロック会員大会主管と、大事業目白押しの現役メンバーへの支援を考慮いただいた事業計画 予算が承認されました。

総会の後は懇親会。
JC現役を卒業した私は、シニアクラブ新入会員で一番下っ端という立場になります。

右も左も先輩ばかり…
「ご返杯」「ご返杯」を重ねに重ね…

いやぁ、酔っぱらいました。
(@_+ )

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2007年2月 5日 (月)

ひめこぶし

190205 某市 (写真見ればどこかわかりますね) の社会福祉関係施設の地鎮祭を奉仕させていただきました。

財政的にどの自治体も苦しいという話しを聞いており、どうしても福祉関係施設は後回しになりがちだそうですが、着工までこぎ着けた関係各位のご努力に敬意を表します。

その施設の名称に「姫こぶし」という花の名前が入っておりました。

千昌夫さんの「北国の春」で
♪こぶし咲く、あの丘北国の、北国の春♪
と歌われる花。

当地でも雪解けの頃、残雪がまだ残る山の斜面に点々と白い花が印象的に咲きます。

雪国で最初に咲き、春を告げる花。
この施設に相応しい名前だと、ネーミングされた方のセンスに感心いたしました。

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2007年2月 4日 (日)

悪い癖

立春。
天気は良かったのですが、昨夜から昼まで強い風が吹きました。

夕方、子供達と Wii Sports に挑戦。
http://www.nintendo.co.jp/wii/rspj/index.html
B000in8fjm09 ゴルフ・野球など 結構 体を動かします。
特にボクシングは1ラウンドで息が切れるほど。
体力低下を痛感いたします。

そういえばこんなニュースもありました

米男性、新型ゲーム機 「Wii」 によるダイエット効果を実証
[ロサンゼルス 19日 ロイター] 米ペンシルベニア州フィラデルフィア在住の男性が任天堂の新型ゲーム機 「Wii(ウィー)」 を使った実験を行い、同ゲーム機の使用でダイエットに効果があることを実証した。
 ミッキー・デロレンゾさん(25)が19日、ロイターとの電話インタビューで明らかにしたところによると、デロレンゾさんは昨年12月3日から実験を開始。食生活は変えず、年末年始も食事制限はしなかったが、毎日30分間、テニス、ボウリング、ボクシングまたは野球のいずれかのゲームを行った。6週間で合計21時間ゲームを行った結果、4キロの減量に成功したという。
 デロレンゾさんは婚約者と同ゲーム機のボクシングゲームをした後に、息切れし汗をかいていたことからこの実験を思い付いたという。
(Yahoo ニュース)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070120-00000512-reu-ent

本当でしょうか?

しかし、この Wii は良くできたオモチャです。
ゴルフなど、せめてTV画面上ではと、アンダーパーを目指すのですが…

私がプレーすると、スイングのぶれや、ショートカットを狙いヤケドするところなど、本当のグリーン上での悪い癖がリアルに現れ嫌になってしまいます。
練習せねば。

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2007年2月 3日 (土)

2月3日は

190203_009 私たちの住む木戸に「公会堂」という集会所がありまして、その公会堂前に古い石造りの「大国さま」が鎮座いたしております。

明日はその祭礼日。
準備と言うことで、今日は年番で幟立てを行いました。
4年に一度の当番で私もお手伝い。

190203_006 当地の習慣で、幟の先端に杉の葉を飾り、20分ほどで2本を立ち上げました。
前の前の知事さんに揮毫していただいた幟が 冬の青空に映えます。

190203_011夜は節分。
52年前から使っている一升の升に煎った豆を入れ、神棚に供えてから子供達と豆撒き。 

190203_016 子供達が豆を投げるチカラも年々勢いを増してきまして…
当たると鬼ならずとも痛いです。 (^_^;)

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2007年2月 2日 (金)

「鬼の歯より・・・」

190202_007青空は広がりましたが、風の冷たい1日でした。

190202_006  昨日の雪で、庭の樹に白い花が咲いたように見えました。

今日、娘の歯が初めて抜けました。
昔から我が家では、子供の下の歯が抜けた時、
「鬼の歯より、私 ( 男の子なら 「僕」 ) の歯が早く生えろ 」と叫んでから、
抜けた歯を屋根の上に投げる習慣があります。

190202_014 娘も初めて挑戦。
母屋の屋根めがけ、ポィっと・・・
上手く投げられたようです。

ちなみに上の歯が抜けたときは・・・
縁側の床下に投げ込む風習になっております。

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2007年2月 1日 (木)

ふきのとう が・・・ 

朝、西山・八王子神社で月次祭奉仕。
例年なら、2月・如月の月次祭では「真白く雪の覆われし西山の里…」というような祝詞になるのですが、里が雪に覆われていない今年は祝詞作成に少々苦労いたしました。

暖冬の影響は各地に現れているようですが、
何と我が家の庭先にも
190202_008「ふきのとう」が 一つ顔を出しておりました。

季節を間違えたんですね。
いくらなんでも早すぎです。

諏訪地域の地方紙「長野日報」にはこんな記事が(1/30付)
社会 : 寒波と暖冬1年おき? 気象現象が極端化傾向
 県内は暖かい冬が続いている。長野地方気象台によると、昨年12月の平均気温は長野市で2.9度、諏訪市で2.4度となり、平年に比べ長野市で1度、諏訪市で0.5度上回った。1月になってからも平年より1度近く高めの気温で推移している。同気象台は「2003年以降は寒波と暖冬が1年おきに現れる」とし、近年は12月の気象現象が極端化する傾向にあるという。(後略)

http://www.nagano-np.co.jp/modules/news/article.php?storyid=6140

確かにここ数年はその通り。
では、来年は寒いのか・・・

ようやく、昼頃から雪が降り始めました。
3㎝くらいの積雪になり、せっかちな「ふきのとう」も雪の下になってしまいました。

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