2007年5月の31件の記事
2007年5月31日 (木)
2007年5月30日 (水)
てるてる坊主の館
午前中、地鎮祭など奉仕している内は良い天気だったのですが、午後から崩れ雨など不安定な1日でした。
最近 調べ事があり、池田町役場に隣接する 「てるてる坊主の館」 へ伺いました。
「幼いころ口ずさんだ童謡 「てるてる坊主」 は池田町出身の浅原六朗の作詞。
からかさを形どった特徴のある屋根の館内には、六朗の文学作品や、蔵書、ノートに書かれた青春日記など、彼の人柄をしのばせる数多くの資料が展示されています。また、交友があった作家たちの書簡および写真、人間俳句集、自筆の書、色紙、執筆に愛用した筆記用具類、父慈朗の出版した諸本その他も展示されている。」
(池田町 HPより http://www.ikedamachi.net/syoukai/asahara.htm )
小さな記念館ですが、浅原六朗先生の足跡がよく解るようになっております。
が、いかんせん残念なのは、入場者数があまりにも少ないこと。
入り口には鍵がかかっており、ベルを鳴らすと隣の図書館から係の方が来てくれるという状況。
「入場無料」 なので 逆にやる気がないのか?
と思ってしまいます。
係の方も親切丁寧だったので、そんなことは無いのでしょうが…
折角、良い勉強になる館が有るのにもったいないです。
2007年5月29日 (火)
2007年5月28日 (月)
一人寂しく帰路に
2007年5月27日 (日)
石清水八幡宮へ
池田・八幡神社の氏子総代研修旅行。
今日は御本社である、
石清水八幡宮に参拝するため京都方面へ。
夕刻 石清水八幡宮へ。
http://www.iwashimizu.or.jp/
御社殿は 「平成の大修造」 の工事の最中。
檜皮屋根の葺き替え、彫刻の彩色塗装など、重要文化財の修繕は本当に大変な事業です。
関係各位の御労苦が偲ばれます。
すでに修造が終わった楼門など拝しますと、朱色が本当にまぶしく、全てが整えられる再来年の竣工が楽しみです。
夕食・宿泊は、石清水八幡宮境内にある
青少年文化・体育研修センターへ
http://www.80003.com/
本当に 「研修らしい」 研修旅行となりました。
2007年5月26日 (土)
城山神社の例祭奉仕
本日新しい社殿が竣工し、遷座祭を行った
常盤清水 降旗仲間のお稲荷さま。
午後は、西山城山 山頂に鎮座する城山神社の例祭奉仕。
標高870㍍/城山の山頂 (一の曲輪) に登るには2つコースがあります。
1つは里から見て裏側、西から一の曲輪に直接登るコース。
20分ほどで登れますが、急な坂道が続く道。
もう1つは、里の近く、東から登り、三の曲輪→二の曲輪 を経由するコース。
こちらは距離があり時間がかかるのですが、入り口だけが急坂で、後は比較的なだらかな道。
今日は十年ぶりくらいに東から登ってみました。
以前このコースは、二の曲輪から一の曲輪にかけて、
見晴らしが良い場所が何カ所かあったのですが、
道端の樹木が生長し生い茂るようになった為、
今回は里の景色があまり見られませんでした。
「みんな 生きているんだねぇ」
何故か立松和平さんみたいな口調で、
成長する山の木々に話しかけたくなる気分でありました。
2007年5月25日 (金)
楽都 松本
葉加瀬太郎/ゴンチチ/ジェイク・シマブクロ/加古 隆/
小松亮太/羽毛田丈史/古澤 巌/松谷 卓
という豪華メンバーによる
「 live image 6 」 の松本公演に家族で出掛けました。
次から次へと有名どころが登場し、
葉加瀬氏曰く 「お得感いっぱい」 のステージ。
6時半から10時まで、休憩はさみ3時間半の長丁場でしたが、
素晴らしい音楽の数々に癒されました。
是非来年もまた 松本で開催して欲しいものです。
しかし、夜遅くなったこともあり、
子供達は「癒されすぎて」途中で全員寝てしまいました。 (^_^;)
今度は妻と二人で来ます。
さて、会場の まつもと市民芸術館
http://www.mpac.jp/index.html
初めて中に入りましたが、サイトウ・キネン・フェスティバルなど開催し、「楽都」を自負する松本に相応しい素晴らしい会館でした。
また、客層も良く、皆さんあきらかにコンサート慣れしています。
良質な聴衆が育ったのも、「楽都」として施設が充実していたからこそ。
この芸術館を造るとき、ハコモノ行政の極みと罵り、猛反対をなされた方達がおられましたが、上質な文化は、有る程度お金をかけないと育たないものだと思います。
こうゆうコンサートの開催地に選ばれ、満員のお客さんを集められる松本が羨ましく思えた晩でありました。
2007年5月24日 (木)
小学校PTAへ
妻が体調を崩したため、急遽 小学校PTAの会議に代理出席。
議題は、夏休みに行う廃品回収について。
PTAの役職は、ほぼ一年任期。
新体制もスタートしたばかりで、まだ慣れない為か会議に時間がかかります。
こちらは平委員で、しかも妻の代理なので途中までは黙っていたのですが、あまりに時間がかかるため、つい我慢しきれず「議事進行を!」などと口に出してしまい、少し大人げ無かったと反省しております。
結局会議が終わったのは8時近く。
しかし、この時間まで職員室には先生が大勢残っておりました。
先生も大変だなぁ、と少し同情いたしました。
2007年5月23日 (水)
「スキー場+@」
夜、大町青年会議所 社会開発委員会が主催する勉強会へ。
インストラクターの指導のもと、
「現在この地域に有るものを活かした事業興し」を命題に皆でいろいろ考えました。
私が提案したのは、「スキー場+@」
ゲレンデはたいてい高台の景色の良い場所にあります。
そこに、もの凄く美味しいレストラン・もしくは飲食店街を造り、
通年営業したら、一年中、人が集まるのではないか?
という案ですが・・・
まぁ、今日は自分の夢を語るだけでしたので、
好きなことを言えば良かったので言いたい放題。
これを本当に具体化となると難しい。とは思います。
でも、如何ですか?
どなたか実現しませんか? (^_^;)
好いアイデアだと思うのですが・・・
2007年5月22日 (火)
外のお手洗い
古いお手洗いの建物を壊すので、お祓いして欲しい。
と、近くのK家から依頼がありました。
昔、この近郷の農家には、たいてい家の外にもお手洗いがありました。
というより、戸外にしかお手洗いがなかった家も多数。
農作業の時など戸外の方が使い勝手が良く、
また、当然 家の中にあるより衛生的でもあったのでしょうが、
生活様式の変化と共に、外のお手洗いは取り壊される運命のようです。
昔からの言い伝えで、お手洗いを壊すときは鏡と櫛を一緒に埋める。
という風習がありますので、それも併せてお清めし、
長い務めを果たした建物に感謝を捧げました。
2007年5月21日 (月)
家族5人・旅費計28420円で、北海道旅行の内訳
昨日宅配にした北海道土産が、朝9時前にはもう届き驚きました。ここ10数年の宅配・流通業界の進歩には感服するばかりです。
さて、今回の一泊二日北海道。
家族5人で出掛けたのですが、
旅費・宿泊費は計28240円で済みました。
内訳を申しますと・・・
我が家は典型的な「陸マイラー」でして、ガソリン代や電気代などもJALカード払い。
何年かで貯まったマイレージを、
「国内線特典航空券10000マイルキャンペーン」
http://www.jal.co.jp/121campaign/jp/weekend/
という、土日利用の特典航空券に変え飛行機代は無料。
JR新千歳空港駅 → 札幌駅の乗車券が
(大人1040円*2名+子供520円*2名)*往復で6240円
娘は保育園なので無料。
宿泊は札幌駅から徒歩2分の札幌アスペンホテル
http://www.aspen-hotel.co.jp/index.htm
ここの4ベッド 「クァルテットルーム」 はお薦めです。
http://www.aspen-hotel.co.jp/frame.htm
何しろ広く、バス・トイレは別の上に、風呂には洗い場があり、
子供連れには嬉しい限り。
清潔で、従業員の皆様の応対も素晴らしい。
これで宿泊費が、大人2名小学生2名で総額22000円。
娘は添い寝でした。
他に食事・タクシー・お土産代など含めても1人10000円以下。
行程的にはチョット無理しましたが、金額的にも嬉しい旅でありました。
2007年5月20日 (日)
2007年5月19日 (土)
一泊二日で北海道・初日
晴れたり雨が降ったりと、今日も安定しない天気の1日でしたが、午前中御奉仕の外祭はいずれの斎場も雨に遭わず助かりました。
今日は所用ありて松本空港から北海道・札幌へ。
札幌は雨模様。 まだまだ 「寒い」 という感じです。
夕食はススキノでジンギスカン。
お店は2年前に開店し、人気店といわれる 「夜空のジンギスカン」
ビルの10階にある店で、その名の通り夜景の見晴らしなど外の景色も良く、店内も綺麗。
「煙もうもう・油ぎとぎと」 の、
昔のジンギスカン店のイメージはありません。
さすがに人気店で、大変混雑しており、
カウンターでの食事でしたが店員さんも親切で大満足。
また、北海道が生んだ 「大スター」 大泉洋さんも先週来店されたとのことで、サインが飾ってあったことも、 「水曜どうでしょう」 フリークの私としては嬉しい限り。
店員さん曰く…
「大泉さんは、テレビのまんまの大泉さんでした」 (^_^)
さて、肝心のお肉は生ラムに、エゾ鹿!
付け合わせの玉葱まで大変美味しい。
タレも醤油ベースのみならず、味噌&岩塩と有り、飽きずに食べられます。
進化するジンギスカンの姿を味わうことが出来ました。
北海道に次ぐジンギスカン文化を誇る? 信州でも、
このようなタイプの店が有れば流行るのではないでしょうか?
2007年5月18日 (金)
2007年5月17日 (木)
警察力
朝から激しい風雨で、天気の安定しない1日でした。
愛知県でまた、暴力団員 (元?) による拳銃立てこもり事件が発生してしまいました。
長崎市長銃撃事件の折にも書きましたが、暴力団が拳銃を当たり前に持っている現状を何とかすべきだと思います。
そして、犯罪者の前に倒れた警官を、何時間も放置した愛知県警の行動にも疑問があります。
テレビで警察OBが、
「日本の警察は、人質の生命が最優先。そして、犯罪者も殺さずに逮捕することがベストとして行動する。」
なんて言っておりましたが、もの凄く違和感があります。
拳銃一丁、犯人一人で右往左往してしまう日本。
これが複数の犯罪者に、大量の兵器だったら、どうなってしまうのでしょうか?
警察力の強化を切に望みます。
2007年5月16日 (水)
日本人の魂の蘇り
財団法人伊勢神宮式年遷宮奉賛会 長野県本部大北支部の
設立総会が行われました。
式年遷宮の制度は、今から約1300年前に第40代天武天皇がお定めになり、次の第41代持統天皇の4年(690)に皇大神宮の第1回目の御遷宮が行われました。以来長い歴史の間には一時の中断(戦国時代)はありましたが、20年に一度繰り返されて、来る平成25年には第62回目の御遷宮が行われます。
遷宮とは、新しいお宮を造って大御神にお遷りを願うことで、式年とは定められた年を意味します。神宮には内宮・外宮ともそれぞれ東と西に同じ広さの敷地があり、20年ごとに同じ形の社殿を交互に新しく造り替えます。また神様の御装束神宝も新しくされます。
(式年遷宮奉賛会HPより)
http://www.sengu.info/index.html
伊勢神宮の式年遷宮は、日本人の魂の蘇り。
20年に一度繰り返される、日本最大の祭典であると認識しております。
大町・北安曇地域の皆様にも御理解を賜りたく存じます。
藤井フミヤさんの式年遷宮イメージソング「鎮守の里」
http://www.sengu.info/song.html
2007年5月15日 (火)
2007年5月14日 (月)
それぞれに歴史有り
五月らしい爽やかな1日でした。
松川村細野 O家の庭先に鎮座する氏神様のお祭りを奉仕。
祭典前に社殿のお掃除をしていると、
「昭和18年創建」 の棟札が出て参りました。
お話を伺えば、当時O家では3人の息子さんが全員出征しており、
先代の御当主が武運長久の御神徳で名高い
武水別神社 (千曲市) から勧請したとのこと。
「お陰で3人とも無事帰ってくることが出来た」
と、現・御当主はおっしゃいますが、
お一人の弟さんは、戦場で患った病気が元で、
帰省後ご逝去なされてしまったそうです。
「私はトラック諸島に出征していた。
連合艦隊・戦艦大和の雄姿も見た。
私の駐留していた島を、米軍が攻撃せず、
飛び越していってくれたので助かった」
にこやかに話す御当主の言葉に、重みがあります。
それぞれの家・人に歴史有り。
O家の歴史を見守り続ける氏神様に感謝を申し上げつつ
お祭りをお勤めさせていただきました。
2007年5月13日 (日)
「遠くへ行きたい」
老人ホームの竣工式など、慌ただしい1日でありました。
日曜 朝 放送される「遠くへ行きたい」
http://www.to-ku.com/
普段はあまり見ないのですが、
今日は長野市から須坂市が放映されるということで、
チャンネルを合わせました。
須坂JC・上原 直前理事長の 塩屋醸造さんも登場。
http://www.shioya.co.jp/
ちょうど一年前、私たち家族も訪問した老舗味噌屋さん。
子供達も、味噌蔵をご案内いただくなど、
歓待をうけた記憶がある場所だけに、
上原氏の登場シーンでは、
画面を食い入るように見つめておりました。
歴史が醸し出す 趣のある町並みや 風情有る佇まい。
信州にはたくさん良いところがございます。
また訪れて見たくなりました。
しかし、今回の番組で、長男が一番反応したのはオープニング画面。
例の ♪ 知~らない街を~ ♪ のテーマが流れ
第1845回 「北信濃・里山の春便り」
とテロップが・・・
「第1854回 !! \((;◎_◎)/!
お母さん、この番組 何年前からやっているの?」
「大体一年間に50回放送だから、計算してみれば?」
「1854÷50は… 37年!
凄い、約40年だよ! 長寿番組だね。(^o^)」
「約40… 長寿… ( _ _ )..........o 」
「遠くへ行きたい」の放送開始は 昭和45年。
妻の生まれた年も・・・ \(^^:;) マアマア
2007年5月12日 (土)
2007年5月11日 (金)
2007年5月10日 (木)
「最大風速」と「最大瞬間風速」
午前10時の地鎮祭奉仕の頃から風が強く吹き始め、
昼過ぎには雨も伴いひどい荒れ模様に。
午後に予定されていた氏神様の祭典は延期となりました。
ここ数年経験したことがないような、強い風。
風速 15㍍ くらいかな?
などと思っていたのですが、大町では 「最大風速」 8㍍。
http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/hourly_a1.php?prec_no=48&prec_ch=%92%B7%96%EC%8C%A7&block_no=0399&block_ch=%91%E5%92%AC&year=2007&month=05&day=10&view=p1
今日の風で 8㍍なら、
台風襲来時の風速 25㍍ とかいうのは、凄いことですね。
更にいえば、宮古島で観測されたという日本記録・瞬間最大風速 85㍍ というのは、一体どんなものだったのでしょうか?
ところで、「最大風速」 と 「最大瞬間風速」 は違うそうです。
金沢気象台のHP
http://www.tokyo-jma.go.jp/home/kanazawa/mame/kaze2/kaze2.html
勉強になりました。
2007年5月 9日 (水)
子孫に美田を・・・
朝から地鎮祭など奉仕。
今日の建築現場は、松本平の真ん中あたり。
10区画ほど造成された新しい住宅地です。
古くから有る集落の真ん中で、
多分 昨年までは水田だった土地。
「安曇野のお米」 を生産していた場所であったのでしょう。
安曇野は住宅開発が本当に進んでおります。
開発は決して悪いことではなく、農業後継者が少ない現状では、
農地が宅地に変わることは必然であろうと理解してはおります。
が、しかし…
必死で土地を開墾し、そして守ってきたであろう、
土地所有者の御先祖様のことを思うと、
私たちの時代、代々引き継がれてきた優良農地を、
簡単に手放す風潮というものに、
何となく抵抗感を覚えるのも事実です。
「日本の食料自給率」
「子孫に美田を残さず (遺さず?)」
なんて言葉の意味を、考えこんでしまった1日でした。
2007年5月 8日 (火)
2007年5月 7日 (月)
2007年5月 6日 (日)
「はなまる」初体験
GW後半は忙しかったので、子供達は家の近所以外
出掛けておりませんでした。
今日は時間が空いていたので、観光地にでも連れて行こうかと考えていたのですが、あいにくの雨空。
結局、松本近辺に買い物に出掛け、お茶を濁しました。 (^_^;)
昼食は 「はなまるうどん」 へ。
http://hanamaruudon.com/index.html
子供達は 「はなまる」 初体験。
店に入る前、 「絶対 美味しいから」 と力説したのですが、
子供達は不満げで…
「えぇ~ うどんなのぉ。ピザとかパスタが食べたい」 とか
セルフ方式だと説明すると
「席に座ってメニューで選ぶ店がいい」
などと、生意気にも文句を言っていたのですが、
父親の威光を振りかざし? 連れて行きました。
いざ店内に入り、トレーを手に取ると 楽しくなったようで、
嬉々として天プラや おにぎりを乗せ、
「温玉牛肉ぶっかけ、(中) で暖かい方を、
ネギ抜きでお願いします。」
などと たどたどしく、しかし得意げに注文。
独特の麺も気に入ったようで、
最後には口々に 「また連れて来て」
父親の株も少しは上がったでしょうか ( ̄ー ̄)ゞ
他にもスポーツショップ や ペットショップ など
いろいろとお店を巡り、楽しい1日でありました。
2007年5月 5日 (土)
65年間 連れ添われ
端午の節句。
毎年恒例の常盤上一・天神祭に始まり、
夕方まで何かと忙しい1日でありました。
80歳代後半の御夫人の神葬祭も奉仕。
御葬儀前に、遺された御主人とお話をさせていただきました。
昭和16年の結婚以来、山あり谷ありの人生をお二人で歩まれ、65年間 連れ添われたそうです。
「俺が言うのもなんだが、良くできた、いい女房だった…」
ぽつりと漏らされた言葉に重みがあり、心に染みました。
新しい御霊の安らかなることと、御主人や御遺族をお守り下さいますようにと お祈り申し上げました。
2007年5月 4日 (金)
2007年5月 3日 (木)
2007年5月 2日 (水)
2007年5月 1日 (火)
復活できれば50年ぶり
月の初めは西山 ・ 八王子神社で恒例の月次祭。
氏子総代さんの要望により、今月から更に30分齋行時間を早めました。
午前7時には祭典終了。
続いて、平 中綱水神社で祈年祭齋行。
雨の中での祭典でしたが、大勢氏子の皆様にご参列いただきました。
祭典終了後の直来の席で、9月の例祭時に 「浦安の舞」 を復活したいという声が上がりました。
氏子30数戸の小さな神社ですが、ちょうど地区に女の子が4人いるとのこと。
復活できれば50年ぶりくらいでしょうか?
氏子の皆様の心意気が嬉しく思えました。
いろいろ難関も有ろうかと思いますが、是非実現させたいものであります
































最近のコメント